東京高等裁判所 昭和60年(ネ)46号 判決 1985年7月31日
控訴人 甲野花子
右訴訟代理人弁護士 若山保宣
鈴木正巳
被控訴人 乙山春夫
右訴訟代理人弁護士 児玉幸男
主文
原判決を取り消す。
被控訴人は、控訴人に対し、金一二〇万円及びこれに対する昭和五九年三月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
主文同旨
二 被控訴人
本件控訴を棄却する。
第二当事者の主張
原判決書二枚目裏六行目中「昭和五七年二月四日」を「昭和五七年一月二九日」に改めるほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
第三証拠《省略》
理由
一 《証拠省略》中、届出人署名押印欄の被控訴人の氏名及び印影については成立に争いがなく、また、その他の欄における被控訴人の氏名については《証拠省略》により被控訴人が自署したものであることが認められ、これら被控訴人の氏名の筆跡及び原審記録中の被控訴人の宣誓書における被控訴人の氏名の筆跡とを対照すると、その筆跡は同一であると認めることができ、このことに《証拠省略》を合わせると、甲第一号証中の被控訴人の氏名は、被控訴人が自ら記載し、その名下の印影は、被控訴人が自己の印章を押捺して顕出したものであることが認められる(なお、《証拠省略》によれば、右甲号証の「借用証」との表題及び本文は、控訴人が記載したものであり、被控訴人は、これらの記載のある右甲号証に署名押印したものであることが認められる。)。したがって、甲第一号証は真正に成立したものと認めるべきである。
《証拠省略》によると、被控訴人は、昭和四九年控訴人から金一二〇万円を借り受けたことが認められる。《証拠判断省略》
二 ところで、被控訴人と控訴人とは、昭和四八年五月一八日に婚姻し、昭和五四年一〇月二二日協議離婚したものであるが(このことは当事者間に争いがない。)、《証拠省略》によると、被控訴人と控訴人との間には東京家庭裁判所昭和五七年(家イ)第四八七号離婚後の紛争調整事件が係属し、昭和五七年一月二九日調停が成立したが、右調停の際、控訴人は、甲第一号証を提出せず、また、被控訴人に対し本件貸金の支払を求めたこともないことが認められる。しかし、《証拠省略》によれば、控訴人が被控訴人に貸与した一二〇万円の金員は、台湾に居住する控訴人の母親から用立ててもらったものであることから、控訴人は、被控訴人から甲第一号証の借用証の交付を受けると直ちにこれを台湾の両親方に送付し、右調停の際は控訴人自ら所持していなかったものであり、また、控訴人は、家庭裁判所調査官に対し本件貸金債権があることを話したが、地方裁判所に裁判を起こさなければならないと言われたため、右調停事件においてそれ以上の話をせず、代理人弁護士が控訴人不出頭のまま調停を成立させたことが認められる。したがって、右のような事実があるからといって、本件における控訴人の貸金の主張が、虚構の事実を構えたものであるということはできない。
三 被控訴人は、前記調停において被控訴人、控訴人間相互に債権債務のないことが確認され、右調停調書は確定判決と同一の効力を有するから、控訴人は本件貸金の請求をすることができないと主張する。
しかしながら、《証拠省略》によれば、右調停調書には、被控訴人が、控訴人との共有にかかる土地、建物に対する被控訴人の持分を代金五九五万円をもって控訴人に譲渡し、第三者の抵当権設定登記を抹消の上その持分移転登記手続をすることを約し、控訴人が、被控訴人に対し、右代金五九五万円を調停成立の日に調停委員会の席上で支払って、その授受を了した旨、及び、被控訴人が、(1)東京家庭裁判所昭和五六年(家)第三六一三号、第三六一四号親権者変更事件及び(2)東京地方裁判所昭和五六年(ワ)第五三四八号共有物分割請求事件を取り下げ、控訴人が(2)の事件の訴の取下に同意する旨の記載がされており、最後に第五項として「当事者双方は、以上をもって離婚及び共有物に関する紛争の一切を解決したものとし、本条項に定めるほか、その余に債権、債務の存在しないことを確認する。」旨の記載がされていることが認められ、この事実によれば、右調停の対象は、専ら離婚後における親権者変更及び共有物分割の点に限られ、かかる事項につき、右調停調書に記載するところをもって最終的な解決とし、他に何らの債権債務のないことを確認したのが右第五項の記載であると解するのが相当である。そして、本件貸金債権に基づく請求は右調停条項に包含されていないと認めるべきであるから、右調停調書第五項は、本件貸金債権に基づく請求には何ら影響を及ぼすものではないというべきである。
《証拠省略》によれば、右取下にかかる(2)の事件において、控訴人から乙第二号証のメモ書き(被控訴人作成のもの)が提出されたことが認められるが、右は、《証拠省略》によれば、離婚の条件として被控訴人が提示した金額を記載したものであって、本件貸金債権とは関りのないものであることが認められるから、この点は右の判断を左右するものではない。
したがって、被控訴人の前記主張は理由がない。
四 以上のとおりであるから、被控訴人に対し本件貸金一二〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五九年三月三〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める控訴人の請求は、理由がある。
よって、これと異なる原判決を取り消し、被控訴人の請求を認容し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 舘忠彦 裁判官 新村正人 赤塚信雄)